まとめ連合



“嫁いだ先が地獄で…食事も味噌汁のカス、運が良ければ漬物と米を1日2回だけだった。 傍目から見てもガリガリになった私はある日… “

133: 名無しさん@HOME 2017/10/10(火) 20:26:15.47
長文注意です。 

同居の元ウトメ&元バカ旦那にいびられ
毎日朝4時にトメの怒声で起こされ家事掃除
ウトメ自営の手伝いを日が暮れるまで無給でやらされていた。旦那からの生活費もなかった。 
旦那は働きに出ていたから「俺まで4時に起されたら仕事にならない」と

同居して2週間で私の寝室は2畳の物置になった。


義実家敷地内の工場みたいな場所で食事の用意の時以外
ずっと昼間でも暗い豆電球ひとつ、エアコンもない。
夏ははだかになっても全身あせだくでひどい汗疹になり、
冬は土下座して貸してもらった石油ストーブ
(灯油をもらう時も頭を下げてお願いしなければ貰えなかった)で
1日3人分ほどの作業ノルマをこなした。
暗い、臭い工事に一人でいるので(ウトメの作業場は別)ウトは私をモグラと呼んでいた。

食事も味噌汁のカス、運が良ければ漬物と米を1日2回だけだった。
傍目から見てもガリガリだったと思う。トメの口癖は
「こんな鶏ガラ抱く気にならんやろから孫はみれんねぇ!あーあ!ハズレくじひいたじゃ」。
それを元旦那とウトやほかの親戚の前で言われると毎回恥ずかしくて消えたくなる気持ちだった。

ある日トメの機嫌の悪い日にお客に出すからなんかお菓子買ってこいと
無一文で放り出された。買ってこれず困る姿を見たかったのだろう。

このいびりはトメのお気に入りでどれだけお金がないんですと言っても
あとから出してやるから早く行け!!と追い出された。それが真冬でも台風の日でも。

しかしその日は何故かお金も持っていないのに街まで歩こう、と思った。
出発した時小雨が降っていたがあの工場にいるよりいいやと思った。

134: 名無しさん@HOME 2017/10/10(火) 20:29:26.53
二時間歩いて街に出ると飲食店街に出ると急にお腹が空いてきてしかたなくなった。
吸い寄せられるようにいい匂いのラーメン屋に入ってしまい、
その時になって初めて
「お金持ってないしまったどうしようウトメに怒られる」と思い
呆然と立ち尽くす私を見たラーメン屋の店主さんが「座りなよ」と声をかけてくれた。
パニックになった私は
「ごめんなさい、お金、持ってないんです。食い逃げですごめんなさい」等と
訳の分からないことを言ってしまい
店主さんは唖然。この時ほど恥ずかしかったことはない。

しかし店主さんは驚いた顔のままいいよ、とだけ言い
ラーメンを作ってくれて食べさせてくれた。
すごく熱くて濃い醤油味が喉を通るたびに涙がでるほど美味しかった。
生き返ったと思った。

食べ終わると突然そうだ、生きよう。生きるために離婚しよう。と思い
店主さんに頭を下げて電話を貸してもらいそのまま両親に迎えに来て貰った。

孫もできないのに実家に帰る嫁はいないと言われていたので
一年半ぶりに見た両親は懐かしくて思わず泣いてしまった。
「ごめんね、頑張ったけどだめだった。本当にごめんなさい。うちに帰りたい」と言うと
「電話、何回もしたのに私と話せなかった時にすぐ迎えに行けば良かった。ごめんね。」と
両親が抱きしめてくれた。温かった。

両親が店主さんにお金を払うと
「お姉ちゃんがんばんなよ、残さず食べてくれてあんがとなぁ」と言ってくれ泣いた。
ご迷惑かけてすみませんと謝ると「雨で客も他にいなかったもんいーよいーよ」と。

それから実家に帰ってたくさんの美味しいものと
足をのばして寝れる布団に心から感謝して眠りについた。
翌日久しぶりのスッキリとした頭で病院で栄養失調やいびりによる
心的外傷の診断書をとり、母のツテで弁護士さんに連絡して離婚の準備。

私の話を聞いた弁護士さんが絶句したあと絶対に許せませんね。と
鬼の形相になったのがすごく印象的だった。
私的にはラーメン屋で自ら食い逃げの宣言をした時が人生で1番の修羅場。
今は無事離婚できて一人暮らしの準備中です。

長文失礼しました。





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